2026-07-29 / 読了 12分
不動産STの鑑定評価は「年何回」と法令が一律に決めているものではない。それでも実物の有価証券届出書・有価証券報告書を開くと、取得時に1通、各計算期日ごとに1通、そして売却日の直前に1通——という回数がはっきり浮かび上がる。誰がそれを決めているのか、なぜその回数になるのかを、EDINETの提出書類と不動産鑑定評価基準から追う。
実務の会話では「鑑定を取る」「評価を回す」と一括りに言うが、制度上は段階が分かれている。まず「不動産の鑑定評価」とは、不動産の経済価値を判定し、その結果を価額に表示することをいう(不動産の鑑定評価に関する法律 第2条第1項)。不動産鑑定士は、この鑑定評価を行うほか、不動産鑑定士の名称を用いて、不動産の客観的価値に作用する諸要因に関する調査・分析や、不動産の利用・取引・投資に関する相談に応じることを業とすることができる(同法第3条第1項・第2項)。後者はいわゆる隣接・周辺業務と呼ばれる。
この両方にまたがる言葉として、国土交通省の「価格等調査ガイドライン」(正式名称は「不動産鑑定士が不動産に関する価格等調査を行う場合の業務の目的と範囲等の確定及び成果報告書の記載事項に関するガイドライン」、平成21年8月28日・平成26年5月1日一部改正)が「価格等調査」を置いている。定義は「不動産の価格等を文書等に表示する調査」。その中で、不動産鑑定評価基準のすべての内容に従って行われるものを「不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価」といい、基準の一部分だけを適用・準用したものはここに含まれない。それ以外はすべて「基準に則らない価格等調査」である。
そしてガイドラインは、不動産鑑定士が価格等を調査するにあたっては基準に則った鑑定評価を行うことを原則とすると定め、例外を5つに限っている。①調査価格等が依頼者の内部における使用にとどまる場合、②公表・開示・提出される場合でも利用者の判断に大きな影響を与えないと判断される場合、③公表されない場合ですべての開示・提出先の承諾が得られた場合、④基準に則ることができない場合、⑤その他依頼目的・利用者の範囲等を勘案して基準に則らないことに合理的な理由がある場合、である。
もうひとつ、この記事を通して繰り返し出てくる言葉が「価格時点」だ。不動産の価格はその判定の基準となった日においてのみ妥当するものであるから、鑑定評価にあたっては価格の判定の基準日を確定する必要があり、この日を価格時点という(不動産鑑定評価基準 総論第5章第2節)。価格時点は、鑑定評価書を作成した日でも、書類を提出した日でもない。開示書類に「鑑定評価額 42,400百万円(価格時点 2026年6月30日)」と併記されるのはこのためである。
公募不動産STで鑑定評価書が登場する場面は、大きく3つに整理できる。募集にあたっての取得時、運用中の各計算期日(期末)、そして物件を売る直前である。以下の図は、それぞれ誰が委託し、何に使われ、どこに出てくるのかを時系列で並べたものだ。
この記事で実例として参照するのは、EDINETに提出された次の3件である。いずれもアセット・マネージャーは三井物産デジタル・アセットマネジメント(MDM)だが、受託者もプラットフォームも異なる。①「三井物産グループのデジタル証券〜品川・オフィス&ホテル〜(譲渡制限付)」の有価証券届出書(2026年7月24日提出・受託者オルタナ信託・Progmat)、②「三井物産のデジタル証券〜熱海温泉〜(譲渡制限付)」の有価証券報告書 第5期(2026年7月21日提出・受託者三菱UFJ信託銀行・Progmat)、③「三井物産グループのデジタル証券 〜学芸大学・中野・浅草橋・大塚〜(譲渡制限付)」の有価証券報告書 第2期(2026年7月21日提出・受託者SBI新生信託銀行・ibet for Fin)。当サイトはこの3銘柄をいずれも収録している。
取得時の鑑定評価は、投資家が最初に払う金額の根拠になる。品川の届出書は、発行価格を10,000円とし、その注記でこう説明している。「発行価格」は、投資対象不動産及びFF&E(家具・什器・備品)に係る2026年6月30日を価格時点とする不動産鑑定評価書に記載された鑑定評価額等に基づき算出された本受益権1口当たりの純資産額を基準とし、アセット・マネージャーの分析等に基づき算出している、と。同注記は、2026年7月24日現在における信託設定日(2026年8月31日)時点の1口当たり純資産額の試算値を10,377円としている。なお発行価額(発行者が引受人より受け取る1口当たりの払込金額)は9,600円で、発行価格との差額400円が引受人の手取金となる(発行数1,740,000口・発行価額の総額16,704,000,000円)。
ここで担当者が押さえておくべきなのは、価格時点と実際の日程のあいだに必ずずれが生じるということだ。この案件では価格時点が2026年6月30日、届出書の提出が7月24日、信託設定日が8月31日。投資家が払い込む時点で、鑑定評価の基準日はすでに2か月前になっている。物件の鑑定評価額は42,400百万円、鑑定評価機関は一般財団法人日本不動産研究所である。
誰が鑑定を委託するかは、案件の座組みによって変わる。品川と熱海の書類は「受託者が、不動産の鑑定評価に関する法律及び不動産鑑定評価基準に基づき、一般財団法人日本不動産研究所に……鑑定評価を委託し作成された」と記す。一方、学芸大学ほか4棟の書類は「受託者又はアセット・マネージャー(営業者)が……JLL森井鑑定株式会社に投資対象不動産の鑑定評価を委託し」と書く。いずれの書類も、続けて鑑定評価を行った機関と受託者及びアセット・マネージャーとの間に特別の利害関係はない旨を明記している。委託者を誰にするかは、後から書き換えられない設計事項である。
そして重要なのは、この取得時の1通が募集で役目を終えないことだ。後述するとおり、出口のインセンティブ報酬の算式に、取得時の鑑定評価額がそのまま定数として残り続ける。
運用が始まると、鑑定評価は計算期日ごとに更新される。熱海の有価証券報告書(信託計算期間 2025年11月1日〜2026年4月30日)は、投資対象不動産SOKI ATAMIについて「鑑定評価額 4,940百万円(価格時点 2026年4月30日)」と記載する。価格時点が計算期日そのものに置かれているのがポイントで、鑑定評価機関は一般財団法人日本不動産研究所である。
複数物件のファンドでは、物件ごとに1通ずつ取る。学芸大学ほか4棟の有価証券報告書は「当期末を価格時点とする投資対象不動産の鑑定評価額の内訳」として、ALTERNA学芸大学1,030百万円、リーラ中野1,080百万円、Brillia ist 浅草橋2,400百万円、ALTERNA大塚1,880百万円(いずれも価格時点2026年4月30日・JLL森井鑑定株式会社)を掲げる。合計6,390百万円である。
この銘柄は、当初の鑑定評価額が公開されているため、期中の再評価で数字がどう動いたかを直接たどれる。募集時の受益権発行届出目論見書に記載された当初の鑑定評価額は、価格時点2024年12月31日で、ALTERNA学芸大学1,010百万円・リーラ中野1,040百万円・Brillia ist 浅草橋2,380百万円・ALTERNA大塚1,880百万円の合計6,310百万円だった。価格時点で16か月を隔てた2つの鑑定を並べると、合計は6,310百万円→6,390百万円で+80百万円(+1.3%)、内訳は3物件が上振れ、大塚は横ばいという結果である(基準日: 当初=2024年12月31日、当期末=2026年4月30日)。個別銘柄の評価や推奨ではなく、期中の再評価が実際に数字を動かすという事実の確認としてここに置く。
期中の鑑定評価が何に使われるかも、書類にはっきり書かれている。両銘柄とも、投資家が運用期間中に換金する際の譲渡価格は「投資対象不動産の鑑定評価額に基づき算出された含み損益を加味して算出された純資産額(NAV)を基準に取扱金融商品取引業者が決定する」とされ、申込みができるのは各決算発表日の翌営業日以降である。期末の鑑定は、そのまま次の半年間の換金価格の土台になる。譲渡価格を算出する期間中は新規の売買が停止されうることも、あわせて書かれている。
ここで会計との関係を1点だけ整理しておく。鑑定評価額は、信託の貸借対照表に載る数字ではない。熱海の当期末の貸借対照表(受益証券発行信託計算規則に基づき作成、センクサス監査法人の監査済み)では、資産の大部分は投資有価証券1,239,440千円であり、物件の鑑定評価額4,940百万円はここには現れない。鑑定評価額は「信託財産を構成する資産の概要」に開示され、NAVの計算に使われる別系統の数字である——決算作業で会計数字と評価数字を突き合わせるとき、この区別を先に共有しておくと混乱が減る。決算工程そのものの時間割は別稿「分配金はいつまでに払う?鑑定評価は年何回?——不動産ST運用実務の期限とサイクル」に整理している。
3つめの場面は出口である。ここで鑑定評価書が必要になる理由は、開示のためというより契約のためだ。アセット・マネージャーのインセンティブ報酬の算式が、売却直前の鑑定評価額を参照するように組まれている。
品川の届出書はこう定める。本件不動産受益権又は投資対象不動産等が売却された場合において、次の(i)及び(ii)の計算式によって得られる金額がそれぞれ正となるとき、(ii)の金額に20%(税込22%)を乗じた金額を上限として、受託者とアセット・マネージャーとの間で別途合意した金額を支払う。(i) A−B、(ii) A−C。ここでAは売却価格から売却時に支払われる仲介手数料を控除した金額、Bは「受託者の委託に基づき売却日の直前に作成される鑑定評価書に記載された鑑定評価額」、Cは「日本不動産研究所が作成した鑑定評価書に記載された2026年6月30日時点における鑑定評価額」——すなわち取得時の鑑定評価額である。
学芸大学ほか4棟の有価証券報告書も同じ構造で、Bは「売却日の直前に作成される鑑定評価書」の鑑定評価額、Cは「JLL森井鑑定株式会社が作成した鑑定評価書に記載された2024年12月31日時点における鑑定評価額」だ。受託者の委託か営業者(GK)の委託かという違いはあるが、算式の形は共通している。
読み替えるとこうなる。売却価格が「直前の鑑定」と「当初の鑑定」の両方を上回って初めてインセンティブ報酬が発生し、金額の基礎になるのは当初の鑑定との差である。直前の鑑定は、報酬の門番として働く。したがって売却を決めたら、鑑定評価書の取得は「あれば望ましい書類」ではなく、報酬計算の前提として日程に組み込まざるを得ない。売却時報酬(税抜売却価格の1.0%=税込1.1%を上限に別途合意)とは別建てである点にも注意したい。出口を含めた収益の分解は別稿「不動産STのIRRモデルはどこで決まるのか——入口・期中・出口を一枚につなぐ組成実務」で扱っている。
回数を粗く試算しておく。品川案件は計算期日が毎年2月末日・8月末日の半期決算で、運用期間は5年が予定されている。前提どおりに進んだ場合、取得時1回+期末10回+売却直前1回で12通前後——これが1本のファンドの一生で取得する鑑定評価書の目安になる(あくまで前提を置いた試算であり、実際の回数は各商品の契約と運用の経過による)。費用は信託財産の負担である。品川の届出書は、信託財産から支払われる費用として「鑑定評価書、エンジニアリングレポート及びマーケットレポートの取得費用」を明示的に列挙している。組成・期中を通じた費目の全体像は別稿「不動産STの組成コスト構造——費目の全体地図と、実額を『有報で』確かめる方法」を参照してほしい。
ここまで見た「取得時・各期末・売却直前」という回数は、法令のどこかに書かれているわけではない。決めているのは各商品の信託契約・報酬算式・開示のサイクルであり、だから実務の正解は常に「その商品の書類を読む」になる。
対照的に、法令が回数を決めている領域もある。J-REIT(投資法人)がそれで、投資信託及び投資法人に関する法律 第201条第1項(特定資産の価格等の調査)は、資産運用会社は、資産の運用を行う投資法人について特定資産(土地若しくは建物又はこれらに関する権利若しくは資産であって政令で定めるものに限る)の取得又は譲渡が行われたときは、内閣府令で定めるところにより、当該特定資産に係る不動産の鑑定評価を、不動産鑑定士であって利害関係人等でないものに行わせなければならない、と定める(当該取得又は譲渡に先立って鑑定評価を行わせている場合を除く)。同条第2項は、それ以外の特定資産について、投資法人・資産運用会社・資産保管会社以外の政令で定める者に価格等の調査を行わせることを求めている。つまりREITでは、入口と出口の鑑定評価が条文に書かれた義務である。
では不動産STの鑑定評価に制度上の規律がないかというと、そうではない。「何回取るか」ではなく「どう評価するか」の側が、不動産鑑定評価基準の各論第3章(証券化対象不動産の価格に関する鑑定評価)で強く縛られている。同章第1節Ⅰが定める「証券化対象不動産」の範囲には、資産流動化法・投信法に係る不動産取引、不動産特定共同事業契約に係る不動産取引に加えて、金融商品取引法第2条第1項第14号の有価証券等の債務の履行等を主たる目的として収益又は利益を生ずる不動産取引が含まれる。金商法第2条第1項第14号は「信託法に規定する受益証券発行信託の受益証券」であり、同条第2項第5号によりみなし有価証券とされる権利には匿名組合契約に基づく権利が含まれる——公募不動産STの器そのものである。そして同章は「証券化対象不動産の鑑定評価は、この章の定めるところに従って行わなければならない。この場合において、鑑定評価報告書にその旨を記載しなければならない」と結ぶ。
ここまでの言葉の関係を1枚に整理しておく。
「2回目以降は同じ物件だから軽い」と考えると、日程を外す。基準の各論第3章は、むしろ再評価を難所として名指ししている。
証券化対象不動産の鑑定評価では、鑑定士は依頼者に対し必要なエンジニアリング・レポート(建築物・設備等・環境に関する専門的知識を有する者が行った調査報告書。以下ER)の提出を求め、その内容を分析・判断したうえで鑑定評価に活用しなければならない。提出がない場合や記載内容が不十分な場合には、ERに代わるものとして鑑定士が調査を行うなどして対応し、対応した内容とそれが適切と判断した理由を鑑定評価報告書に記載する必要がある。そして基準は、ERの提出がない場合等として想定される例の筆頭に「既に鑑定評価が行われたことがある証券化対象不動産の再評価をする場合」を挙げている(各論第3章第4節Ⅲ(2))。期中の再評価は、まさにこの例示のど真ん中にある。
実地調査の要求も軽くならない。同章第4節Ⅰは、依頼者(依頼者が指定した者を含む)の立会いの下、対象不動産の内覧の実施を含めた実地調査を行い、管理者からの聴聞等により権利関係・公法上の規制・アスベスト等の有害物質・耐震性・増改築等の履歴を確認しなければならないとする。同Ⅱは、実地調査を行った年月日、鑑定士の氏名、立会人及び管理者の氏名・職業、調査の範囲(内覧の有無を含む)、実施できなかった場合はその理由を報告書に記載させる。テナントとの調整で内覧枠が取れなければ、そこで工程が止まる——期末の逆算カレンダーに乗せておくべき作業である。
数字の作り方も決まっている。同章第5節は、証券化対象不動産の収益価格を求めるにあたってはDCF法を適用しなければならないとし、併せて直接還元法を適用して検証することが適切であるとする。さらに収益費用項目(貸室賃料収入・共益費収入・水道光熱費収入・駐車場収入・その他収入・空室等損失・貸倒れ損失/維持管理費・水道光熱費・修繕費・プロパティマネジメントフィー・テナント募集費用等・公租公課・損害保険料・その他費用/運営純収益・一時金の運用益・資本的支出・純収益)が定義付きで統一されている。有価証券報告書の「不動産鑑定評価書の概要」に並ぶ項目名がどの案件でも同じなのは、この統一項目に由来する。
なお、開示上はすべての数字が出るとは限らない。熱海と品川の書類では、運営収益の内訳が「非開示」とされている(主要テナントから開示の承諾が得られていない項目は非開示と記載する旨が注記されている)。一方で学芸大学ほか4棟は物件ごとの運営収益・運営費用まで数値が入っている。同じ項目立てでも、どこまで見えるかは案件ごとに違う。開示の設計は鑑定の発注とは別の論点なので、開示担当と先に握っておきたい。
最後に、担当者が期末の鑑定を回す前に潰しておく項目を並べる。①②は決めたら戻れない設計事項、③④は日程が読めない実務、⑤⑥⑦は出来上がりの見え方に効く——この順で確認していく。
回数の正本は、常にその商品の書類である。有価証券届出書・有価証券報告書はEDINETで誰でも閲覧でき、「信託財産を構成する資産の概要」に鑑定評価額と価格時点、「不動産鑑定評価書の概要」に鑑定評価機関と収益価格の内訳、報酬の項にインセンティブ報酬の算式(=売却直前の鑑定を要求する条項)が載っている。EDINETの引き方そのものは別稿「不動産STの開示実務——有価証券届出書・有価証券報告書・EDINETをいつ、何を出すのか」に整理した。借入がある案件では、ローン契約が別の頻度・別の基準日で評価を求めることがあるため、別稿「決算時のレンダー対応——監査済決算・鑑定評価・年度予算をいつ、誰が出すのか」の観点と突き合わせて、同じカレンダーに並べて逆算するのが安全である。
この記事で確認した回数は、EDINETに提出された3件の書類から読み取れる事実と、不動産鑑定評価基準・価格等調査ガイドライン・投信法の条文に基づく。ここに挙げた銘柄・数値はいずれも基準日つきの記録であり、特定の銘柄の取得・保有・処分を推奨・勧誘するものではない。個別の商品については必ずご自身で当該商品の開示書類をご確認いただきたい。
また、鑑定評価額と会計上の帳簿価額の関係、評価損益の税務上の取扱いについては、商品のスキーム(受益証券発行信託・匿名組合など)と各期の状況によって結論が変わりうる。本稿は一般的な解説であり、個別の会計・税務の判断については税理士・公認会計士等の専門家にご確認いただきたい。
本記事は制度・実務の一般的な解説であり、特定銘柄の推奨・投資助言ではありません。個別の税務判断は税理士等の専門家にご確認ください。