2026-07-24 / 読了 9分
STARTの決済では、STの受渡し先を「ブロックチェーン・アドレス(BA)」で指定する。このBAを取り違えると、本来受け取るべき人ではない「無権利者」にトークンが渡ってしまう——株式の誤入庫にあたる事故だ。ODXが2025年6月に改訂した誤移転処理ガイドラインをもとに、誰が・どの順番で気づき、どう正規の状態へ戻すのか、戻せなかった時に善意の第三者と無権利者をどう扱うのかまでを追う。
STARTで売買が成立すると、売り方の口座から買い方の口座へSTを移す決済が走る。この受渡し先は、上場株のような口座番号ではなく、ブロックチェーン上の識別子「ブロックチェーン・アドレス(BA)」で指定する(BAはProgmatでは『権利者ID』、ibet for Finでは『ibetアドレス』と呼ばれる。その整理は別稿『STを他社の証券会社へ移管する実務』で扱った)。このBAを取り違え、本来受け渡しを受けるべき者と異なる者にSTが移ってしまうこと——これをODXは「誤移転」と呼び、誤って受け取った者を「無権利者」と定義する。銀行振込で口座番号を打ち間違えて他人に送金してしまうのに近い事故だ。
なぜSTだけ専用ルールが要るのか。券面(紙の証券)がなく、権利がブロックチェーン原簿で管理されるため、いったんBAを誤って移転記録を書き込むと、システム上はいったん相手のものとして記録されてしまう。ODXはこの事故に備え「ブロックチェーン・アドレスの誤りによる誤移転に関する処理ガイドライン」を定めている(2023年10月25日制定、2025年6月16日改訂・施行、主管は決済管理部)。その目的は、無権利者による保有状態を是正し、STARTにおける売買取引の安定性を保つことにある。以下の手順・扱いはいずれも同ガイドライン(2025年6月16日時点)による。
手順を読む前に、決済の器を押さえておきたい。STARTの売買決済は、取引参加者(顧客の注文をSTARTに取り次ぐ証券会社)の「オムニバス口座」の間で実行される。オムニバス口座とは、取引参加者が自社の全顧客を包括的に代表する一つの口座で、発注・約定・約定後の処理をここで一元的に行うためのものだ。個々の顧客のBAが直接STARTでぶつかるのではなく、まず参加者同士のオムニバス口座間でSTが動き、その後で各参加者が自社の内側で顧客口座へ振り分ける——この二段構えが、誤移転を考える出発点になる。
ガイドラインは3つの前提を置く。①発行段階(プライマリー・マーケット)でのブロックチェーン上の新規記録は正しく行われたものとして、STARTでの取扱いを始める(つまりこのガイドラインが扱うのは発行後、流通段階で生じた誤りである)。②STARTの売買に係るSTの決済は、取引参加者のオムニバス口座間で実行される。③取引参加者の全顧客が、その参加者に対して自分の保有するSTを保護預かりに供している。この3つ目があるため、顧客が自分でトークンを送るのではなく、預かった参加者がまとめて動かす構造になっている。
では、事故が起きたら何が動くのか。まず図で全体像をつかむ。左から右へ時間が進み、上から順に「受け方の証券会社」「渡し方の証券会社(誤移転の起因側)」「ブロックチェーン基盤」「顧客・第三者」が登場する。専門語が細かく出てくる前に、誰が最初に気づき、誰が訂正を頼むのかを図で先に押さえておくと、後の手順で迷子にならない。
核心はガイドラインの「項番3」だ。誤った移転を行った取引参加者は、無権利者による保有状態を是正するため、そして安定的な決済履行のために、直ちに各ブロックチェーン・プラットフォームが定める「移転記録の訂正権限を有する者」に対して訂正を依頼し、正規の状態に回復させる。ブロックチェーンは一度書けば消せない、と思われがちだが、STの基盤は運営者(またはその指定者)が移転記録を訂正できる仕組みを備えており、その具体的手続きは各基盤運営者の定めによる。ここが、利用者が自分で管理する暗号資産ウォレットの送金ミスと決定的に違う点だ。
誤りは通常、決済予定明細の照合過程で見つかる。異常を発見した者(たいていは受け方の取引参加者)は、相手方(たいていは渡し方の取引参加者)へ直ちに連絡し、連絡を受けた側が項番3の訂正手続きを実行する。予防としては、参加者は決済の受渡しを実行する前に受け方オムニバス口座のBAを再確認し、平時からも定期的に参加者間でオムニバス口座のBAの再確認を行うものとされている。
誤移転は「どこで」起きるかで2つのレベルに分かれる。第一は参加者間——オムニバス口座からオムニバス口座への移転(項番4)。第二は参加者の内側——自社のオムニバス口座と顧客口座の間の移転(項番5)。上の図は主に第一のレベルを描いているが、対処の骨格(気づく→連絡→訂正)はどちらのレベルでも同じだ。
時間切れの扱いが実務の勘所になる。決済時限より前に異常を見つけられれば、移転記録を訂正して正規化すればよい。しかし決済時限以降に移転異常を発見した場合、その決済は「フェイル(決済不履行)」として取り扱い、速やかに移転記録を訂正したうえでフェイル解消の手続きを行う。さらに、何らかの要因で移転記録の訂正そのものが行えない場合は「過誤訂正」として扱い、STだけでなく資金についても振り戻す。つまり、戻せるなら訂正して正規化/時間内に戻せなければフェイル処理/そもそも戻せなければ資金ごと巻き戻す、という三段構えである。
参加者の内側(第二のレベル)では、日々の突合が防波堤になる。各取引参加者は、自社の顧客管理システム上の顧客の預かりST残高と、ブロックチェーン上の残高を定期的にリコンサイル(照合)し、不一致が生じたら速やかに原因を究明する。狙いは、無権利者である顧客へSTを移してしまったり、無権利者からの売り注文が約定して第三者へSTが渡ってしまったりする事態を、その手前で止めることにある。
予防と訂正をすり抜けて、無権利者への移転が現実に起きてしまったら。ガイドラインは、無権利者からSTの移転を受けた第三者について、その者が善意無過失である限り、民法や証券関連法規等が定める「善意取得」と同等の扱いとし、その移転は有効に実行されたものとして取り扱う、とする。善意取得とは、権利がないことを知らず(善意)、知らないことに落ち度もない(無過失)まま取得した第三者を保護して取引の安全を守る民事のルールだ。噛み砕けば、無権利者から善意で買った投資家のトークンを、後から取り上げることはしない、ということである。
その代わり、後始末は事故の起因者が負う。無権利者を生む起因を生じさせた取引参加者の責任において、A)本来そのSTを受け取るべきだった者に対して損害賠償を行い、B)無権利者に対して不当利得返還請求を行う、といった対応を取る。ただし不当利得返還請求を実際に行うかどうかは、起因を生じさせた取引参加者の判断に委ねられている。そして、この善意取得と同等の扱いを顧客との関係で成り立たせる前提として、各取引参加者は顧客と結ぶ約款等であらかじめ同意を得ておくものとされている。
特殊なケースとして、買付顧客が日計り商い(同一営業日中に買って売る取引。セキュリティトークン清算・決済規程施行規則第3条第5項第3号による)を行っている場合がある。BA誤りでセッション1に買い付けたSTがその顧客に移転されないと、その後の売りが決済フェイルになりかねない。この場合は項番3の訂正を可及的速やかに実行してフェイルを極力避け、それでも決済時限に間に合わなければフェイルとして処理する。
実務では「起こさない」ことに最大の重みがある。渡し方・受け方の担当としては、決済実行前の受け方オムニバス口座BAの再確認と、参加者間での定期的なBA再確認が第一の関門だ。BAの転記は他社口座移管と同様に取り違えが起こりやすい急所なので、基盤のコピー&ペースト機能などを使い、目視だけに頼らない運用が要る(移転指図そのものの整理は別稿『STOの「指図」は3種類ある』も参照されたい)。
バックオフィス担当としては、決済予定明細の照合と、顧客残高×ブロックチェーン残高の定期リコンサイルが、事故を「決済時限内に」捕まえられるかどうかを決める。時限の前か後かで、単純な訂正で済むか、フェイル処理・資金の振り戻しにまで発展するかが変わる——この時間の壁を意識して、突合のタイミングを設計しておきたい。
本稿は誤移転処理という制度・実務の一般的な解説であり、特定銘柄の売買を勧誘するものではない。善意取得の成否や損害賠償・不当利得返還といった民事上の結論は個別の事情で変わりうるため、実際の取扱いは各証券会社の約款および弁護士・税理士等の専門家に確認いただきたい。手続き・扱いはいずれもODX「ブロックチェーン・アドレスの誤りによる誤移転に関する処理ガイドライン」(2023年10月25日制定、2025年6月16日改訂・施行)時点のものである。
本記事は制度・実務の一般的な解説であり、特定銘柄の推奨・投資助言ではありません。個別の税務判断は税理士等の専門家にご確認ください。