公開 2026-08-05 / 読了 15分
信託受益権は、売買契約を結んだだけでは「自分のものだ」と他人に言えない。信託法第94条が求める確定日付のある通知・承諾と、第195条が求める受益権原簿の記載——不動産STにはこの2種類の対抗要件が層ごとに使い分けられている。条文と、実際に公開されている届出書・有価証券報告書4本の記載を並べ、どの層で誰が何をしているのかを読み直す。
信託受益権の売買で最初につまずくのは、契約書に判を押した瞬間に全部が終わったと思ってしまうことである。実際には、譲渡の効力が生じることと、その譲渡を当事者以外の人に主張できることは、法律上まったく別の段に置かれている。
後者を「対抗要件」という。当事者どうしではすでに移っている権利を、当事者の外にいる人——債務者にあたる受託者や、同じ権利を別に譲り受けた第三者——に対して自分のものだと主張するために、法律が要求する要件のことである。対抗要件を欠いた譲受人は、権利者であるのに権利者として扱ってもらえない。分配金は前の持ち主に払われ、二重譲渡が起これば後から買った人に負ける。
不動産ST(セキュリティ・トークン)の実務でこの話が効いてくる場面は2つある。1つは組成のクロージング当日、川上の不動産信託受益権や匿名組合出資が売主から委託者へ、委託者から受託者へと動くとき。もう1つは、投資家がSTを売買するとき。前者では「確定日付」という紙の世界の道具が使われ、後者では「受益権原簿の記録」というシステムの世界の道具が使われる。同じ信託受益権の譲渡なのに、道具が違う。その理由を条文で押さえるのが本稿の目的である。
以下では、実際に公開されている4本の書類を材料に読む。①2026年7月24日提出の有価証券届出書「三井物産グループのデジタル証券〜品川・オフィス&ホテル〜(譲渡制限付)」(発行者〈受託者〉オルタナ信託株式会社。以下「品川案件」)、②2026年4月30日提出の有価証券報告書(第5期)「ケネディクス・リアルティ・トークン ONSEN RYOKAN 由縁 札幌」(受託者=三菱UFJ信託銀行。以下「由縁 札幌」)、③2026年7月21日提出の有価証券報告書(第5期)「匿名組合出資<熱海温泉>信託(譲渡制限付)」(受託者=三菱UFJ信託銀行。以下「<熱海温泉>」)、④同日提出の有価証券報告書(第2期)「匿名組合出資<PJ RB1>信託(譲渡制限付)」(受託者=SBI新生信託銀行。以下「<PJ RB1>」)。いずれもEDINETで全文が読める。
信託受益権の譲渡について、信託法は3か条を続けて置いている。第93条が譲渡できること、第94条が対抗要件、第95条が受託者の抗弁である。
第93条第1項は「受益者は、その有する受益権を譲り渡すことができる。ただし、その性質がこれを許さないときは、この限りでない。」。原則は自由譲渡である。ただし第2項は、譲渡を禁止・制限する信託行為の定めは「その譲渡制限の定めがされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対抗することができる」とする。不動産STの銘柄名の末尾についている「譲渡制限付」は、まさにこの定めが置かれていることを示している(銘柄名の読み方は別稿『「デジタル名義書換方式」と「譲渡制限付」』で扱った)。
第94条第1項は「受益権の譲渡は、譲渡人が受託者に通知をし、又は受託者が承諾をしなければ、受託者その他の第三者に対抗することができない。」。第2項は「前項の通知及び承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、受託者以外の第三者に対抗することができない。」。通知か承諾のどちらかがあれば受託者には主張できるが、それ以外の第三者に勝つには確定日付が要る、という二段構えである。
この形は民法の債権譲渡とまったく同じである。民法第467条第1項は「債権の譲渡(現に発生していない債権の譲渡を含む。)は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。」、第2項は「前項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない。」。条文を並べれば、信託法第94条が民法第467条を受益権に写した規定であることが見て取れる。
第95条も押さえておきたい。「受託者は、前条第一項の通知又は承諾がされるまでに譲渡人に対し生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。」——通知も承諾もない間に受託者と譲渡人の間で生じた事情は、そのまま譲受人にぶつけられる。対抗要件を後回しにすると、譲受人は自分の関与しないところで生じた抗弁を引き受けることになる。
条文が繰り返し要求する「確定日付のある証書」は、信託法にも民法にも定義がない。定義は民法施行法(明治31年法律第11号)第5条にあり、確定日付があるものとされる場合を限定列挙している。原文は片仮名文語体のままなので、引用も原文どおりに示す。
第1項は「証書ハ左ノ場合ニ限リ確定日付アルモノトス」と書き出し、6つの号を挙げる。第1号は公正証書、第2号は「登記所又ハ公証人役場ニ於テ私署証書ニ日付アル印章ヲ押捺シタルトキハ其印章ノ日付ヲ以テ確定日付トス」、第3号は署名者中に死亡した者があるときのその死亡の日、第4号は確定日付ある証書中に私署証書を引用したときのその日付、第5号は官庁・公署が私署証書に事項を記入し日付を記載したときのその日付、第6号は郵便認証司が郵便法第58条第1号に規定する内容証明の取扱いに係る認証をしたときのその記載日付である。
「私署証書」とは、公務員でない私人が作成した書面のこと。譲渡の承諾書も通知書も私署証書であり、当事者が自分で書いた日付には、あとから動かせないという保証がない。だから日付を固定するために、公証役場か郵便局という外部の手を借りる。実務で使われるのは実質的に第2号(公証役場の日付印)と第6号(内容証明郵便)の2つで、残りは制度上の受け皿である。
第2項は電子的な確定日付を認める。指定公証人がその設けた公証人役場において請求に基づき法務省令の定める方法により電磁的記録に記録された情報に日付情報を電磁的方式により付したときは、当該情報は確定日付のある証書と看做す(公務員が職務上作成した電磁的記録以外のものに付したときに限る)。第3項は「日付情報ノ日付ヲ以テ確定日付トス」。制度としては電子化の道が開いているが、後述するとおり、不動産STの投資家層が使っているのはこの電子確定日付ではない。
不動産STは信託を二層に重ねてつくる(構造そのものは別稿『川上信託・川下信託とは』で扱った)。物件を持つ川上の不動産管理処分信託、その受益権をさらに信託して証券を出す川下の受益証券発行信託、そしてGK-TK型ではその間に匿名組合出資が入る。譲渡の対抗要件は、この層ごとに別の条文で決まる。
川上——不動産信託受益権。品川案件の届出書は「本件不動産受益権については、本件不動産受益権に係る不動産管理処分信託契約の受託者による確定日付のある承諾により、第三者対抗要件が具備されます」と書く。制度の説明としては、品川案件・<熱海温泉>・<PJ RB1>の3件がほぼ同一の文で「本件不動産受益権は、信託法に定める受益権として、一般に譲渡可能な権利とされています。その譲渡の第三者対抗要件は、確定日付のある証書による譲渡人の不動産信託受託者に対する通知又は不動産信託受託者による承諾によって具備されます」と述べ、続けて「本件不動産受益権に係る不動産管理処分信託契約においては、本件不動産受益権を譲渡する場合に不動産信託受託者の承諾が必要とされています」と加える。信託法第94条第2項がそのまま実務の文言になっている。
中間——匿名組合出資。<熱海温泉>と<PJ RB1>の各有価証券報告書は「匿名組合出資は、民法……に定める債権として、一般に譲渡可能な権利とされています。その譲渡の第三者対抗要件は、確定日付のある証書による譲渡人の営業者に対する通知又は営業者による承諾によって具備されます」とし、実際の具備については「本件匿名組合出資については、本件営業者による確定日付のある承諾により、第三者対抗要件が具備されています」と書く。根拠条文は信託法ではなく民法第467条だが、要求されるものは同じである。なお<熱海温泉>の匿名組合契約では、譲渡には営業者の承諾が必要とされ、本借入れが完済されるまでの間は営業者及びレンダーの承諾が必要とされている。
川下——投資家が買うST。ここだけ道具が変わる。4件すべてが「本受益権について、信託法第185条第2項により受益証券は発行されません。本受益権については、電子記録移転有価証券表示権利等に該当するものとします」と記載している。券面が無いので交付のしようがなく、確定日付も出てこない。代わりに働くのが受益権原簿である。
この3層に、もう1つ性格の違う受益権が加わる。精算受益権——組成後の事後精算のために置かれる受益権で、こちらは信託法第185条第1項に基づいて記名式の受益証券を実際に発行する。券面がある以上、譲渡は交付が効力要件になる(信託法第194条)。品川案件の届出書は「精算受益権の譲渡は、当該精算受益権に係る受益証券を交付して行わなければならず、また、その対抗要件は、当該精算受益権の譲渡人及び譲受人による受託者に対する譲渡承諾及び受益権原簿の名義書換に係る共同請求に基づき、受託者が当該譲渡を受益権原簿に記録することにより、具備されます」と書く。ここでいう共同請求は信託法第198条第2項が定める形である。譲受人は取得後ただちに信託法第208条の受益証券不所持の申出を行い、券面は受託者に提出されて不所持となる。受益権の種類ごとの違いは別稿『一般受益権・ローン受益権・精算受益権とは』で整理した。
答えは信託法の受益証券発行信託の特例にある。順に追う。
第185条第1項は、信託行為において受益証券を発行する旨を定めることができるとし、第2項は「前項の規定は、当該信託行為において特定の内容の受益権については受益証券を発行しない旨を定めることを妨げない」と定める。不動産STは、受益証券発行信託でありながら、投資家が持つ一般受益権については券面を出さないという設計を採っている。届出書・有価証券報告書に必ず出てくる「信託法第185条第2項により受益証券は発行されません」の一文は、この選択の宣言である。
そのうえで第195条が対抗要件を定める。第1項は「受益証券発行信託の受益権の譲渡は、その受益権を取得した者の氏名又は名称及び住所を受益権原簿に記載し、又は記録しなければ、受益証券発行信託の受託者に対抗することができない。」。そして第2項が効く——「第百八十五条第二項の定めのある受益権に関する前項の規定の適用については、同項中『受託者』とあるのは、『受託者その他の第三者』とする。」。読替えの結果、券面を出さない受益権については、受益権原簿への記載・記録が受託者だけでなく第三者に対する対抗要件にもなる。
つまり不動産STでは、確定日付のある証書という紙の手続を踏む必要がない。原簿に載れば、それで第三者にも勝てる。<PJ RB1>の有価証券報告書は、リスクの説明の中でこの構造を平易に書いている——「本受益権はブロックチェーンネットワーク及びコンセンサス・アルゴリズムを用いて、権利の移転や権利の帰属に係る対抗要件である受益権原簿の記録の管理が行われている」。対抗要件は原簿の記録である、と正面から述べている。
同じ書類は、その裏返しのリスクも書く。サイバー攻撃等で記録が改ざん・消滅した場合、「本受益権の実体法上の権利関係と受益権原簿の記録に乖離が生じ」、記録を戻すことが困難になるおそれがある、と。対抗要件を1つの台帳に集約した設計は、手続を軽くする代わりに、台帳の可用性と完全性にリスクを集中させる。誤った移転が起きた場合の処理は別稿『STが誤ったアドレスに移転されたら』で扱った。
受益権原簿そのものの役割——誰にいつ分配するかを確定する基準日との関係——は別稿『受益権原簿と権利確定日』で詳しく扱っている。本稿の関心は、その原簿が譲渡の優劣を決める機能まで負っている点にある。
ここまでで、STの譲渡には2つの関門があることが分かる。1つは譲渡制限——受託者の事前の承諾(信託法第93条第2項の定めに基づく)。もう1つは対抗要件——受益権原簿への記録(同第195条)。実際の銘柄は、この2つをどちらもプラットフォーム上の1回の記録で満たす設計にしている。
品川案件の届出書は、信託契約の設計をこう説明する。「本信託契約において、プラットフォーム上で本受益権の譲渡が記録された場合には、譲渡制限(注)が付されている本受益権の譲渡に係る受託者の承諾があったとみなされることとされているためプラットフォーム上での譲渡が法的にも有効な権利移転となり、また、かかるプラットフォーム上での譲渡記録をもって受益権原簿の名義書換が行われるため、デジタル完結で第三者への対抗要件を備えることも可能です」。同じ文はProgmatを使う<熱海温泉>の有価証券報告書にもほぼ同一の言い回しで置かれている。
同じ届出書は続けて、そうでない場合との対比まで書いている。「プラットフォーム上の譲渡が必ずしも法的な権利移転と一体ではない場合、各セキュリティ・トークンの根拠法令に応じた対抗要件を、別途手続の上で備える必要がある」。トークンを動かすことと、法的に権利が移ることは、本来は別の事象である。両者を一致させているのは技術ではなく信託契約の定めだ、という整理である。
手続の主語は銘柄によって違う。Progmat型の品川案件は、受託者が動く——「受託者は、上記①又は②の請求を受けた場合、速やかにかかる移転実行請求を承認し、『Progmat ST』に記録します。なお、かかる『Progmat ST』への記録をもって本受益権に係る受託者の承諾が行われたものとみなされ、本受益権の譲渡の効力が生じます」。譲渡制限の項も「受託者の承諾は、『Progmat ST』を介した譲渡の記録のみによって行われます」と念を押す。
ibet型の<PJ RB1>は、取扱金融商品取引業者が動く——「取扱金融商品取引業者は、……移転情報を作成し、『ibet for Fin』への登録を行います。当該登録がなされた場合、決済が完了した本受益権の譲渡に係る受託者による承諾が行われたものとみなされます。また、当該譲渡が受益権原簿に記録されない限り譲渡の効力を生じないものとします」。承諾のみなしは登録で生じるが、譲渡の効力そのものは受益権原簿への記録に係らしめている。Progmat型が「記録=承諾=効力発生」と一体で書くのに対し、ibet型は登録と原簿記録を書き分けている。2つの基盤の全体的な違いは別稿『Progmatとibet for Fin』で扱った。
どちらの型でも、投資家が自分で手続をすることはない。品川案件の証券事務の記載は「本受益者が本受益権の譲渡に係る譲渡承諾依頼及び受益権原簿の名義書換請求を行う場合には、取扱金融商品取引業者に対して申請を行い、取扱金融商品取引業者が受託者に対してかかる請求を行います」とし、受益権原簿の名義書換について投資家が支払う手数料は無いと明記する。証券会社をまたいだ移管の実務は別稿『STを他社の証券会社へ移管する実務』で扱った。
最後に、混同しやすい制度との線引きをしておく。社債、株式等の振替に関する法律は、振替機関が取り扱う受益証券発行信託の受益権を「振替受益権」と呼び、第127条の2第1項で「権利の帰属は、この章の規定による振替口座簿の記載又は記録により定まる」、第127条の16で振替受益権の譲渡は口座の保有欄に増加の記載・記録を受けなければ「その効力を生じない」と定める。上場株式やREITと同じ振替制度の世界である。しかし<PJ RB1>の有価証券報告書は、本受益権について「受益証券が発行されず、また、社債、株式等の振替に関する法律……に定める振替機関において取り扱われません」と明記している。不動産STが依拠しているのは振替口座簿ではなく、あくまで信託法上の受益権原簿である。
整理すると、確定日付が出てくるのは川上の不動産信託受益権と匿名組合出資、つまり組成の内側だけである。ここは組成担当と弁護士がクロージングの前日から当日にかけて1回だけ動かす世界で、公証役場の受付時間や郵便の配達日という物理的な制約に縛られる。確定日付は押した日・認証した日であって契約書に書いた日ではないから、資金決済日と確定日付の日がずれる設計になっていないかを事前に潰しておく。クロージング当日の時間軸そのものは別稿『STOの「指図」は3種類ある』および『計算期日から有価証券報告書まで』で扱った線の上に乗る。
対して投資家が売買する層では、対抗要件はシステムの記録に置き換わっている。ここで管理すべきは日付ではなく記録の時点である。品川案件の届出書は、募集で取得する投資家の受益権原簿への記録日を「払込期日の翌営業日」とし、受渡期日も同日(2026年9月1日)と定める。権利確定日をまたぐ売買では、この記録日がどちらの計算期間に落ちるかで分配の受け手が変わる。
1つだけ、条文の役割を取り違えやすい箇所を挙げておく。譲渡制限に基づく「譲渡してよい」という承諾(信託法第93条第2項の定めに対応するもの)と、対抗要件としての「譲渡があったことを認識した」という承諾(同第94条第1項)は、実務では1通の承諾書で兼ねるのが通例だが、法律上の役割は別である。確定日付を取り忘れれば、譲渡制限はクリアしていても第三者対抗要件だけが無い状態になる。承諾を得たことと、対抗要件を備えたことは、同じではない。
本記事は制度・実務の一般的な解説であり、特定銘柄の推奨・投資勧誘を目的とするものではない。記載した数値・記載事項はいずれも本文および出所欄に示した各書類の記載どおりで、基準日は各書類の提出日または記載のとおりである。個別の案件における対抗要件の具備方法や税務上の取扱いについては、弁護士・税理士等の専門家にご確認いただきたい。
本記事は制度・実務の一般的な解説であり、特定銘柄の推奨・投資助言ではありません。個別の税務判断は税理士等の専門家にご確認ください。