公開 2026-08-13 / 読了 10分
保有している不動産STをSTARTで売ろうとすると、株式の売却とは違うことがいくつも起きる。値段がつくのは1日2回だけ、自分の銘柄を取り次げる証券会社は1社しかないことがあり、1口の約定で価格が数%動く。ODXの業務規程・マーケットガイドと、2026年8月の日次相場表・月次レポートの実数で、売り手の視点から市場の構造を確かめる。
STARTは大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)が運営するセキュリティトークン(ST)の取引市場で、証券取引所ではなくPTS(私設取引システム=民間が運営する取引の場)である。投資家がODXに直接注文を出すのではなく、取引参加者である証券会社を通して注文が届く仕組みで、ODX自身も「当社は私設取引システムを運営しており、日本で登録された証券会社を参加者としてその注文の付け合せ等を行っております」と説明している。
売り手から見て最初に効いてくる違いが、売買の成立方法である。マーケットガイドによれば、注文受付はセッション1が午前10時00分00秒〜11時29分59秒(付け合わせ11時30分)、セッション2が午後0時00分00秒〜2時59分59秒(付け合わせ午後3時00分)の2本立てで、取引は価格優先・時間優先の原則のもと、各セッションの付け合わせ時刻に板寄せを行うことで成立する。業務規程第9条第2項も「売買契約締結は各セッションにおいて1回とする」と定める。つまり、1営業日に値段がつく機会は2回しかない。
注文の種類は成行と指値の2つで、執行条件は通常条件(当日のセッション2終了まで有効)・セッション1限り・セッション2限りの3つ。注文の有効期限は発注当日のみ(業務規程第9条第3項)なので、売り注文を出し続けたければ毎日出し直すことになる。売買単位は不動産投資受益証券について原則1口(同第13条第1項第1号)で、STARTの不動産ST7銘柄はいずれも1口単位である。成立した取引の清算・決済は、売買契約締結の日から起算して3営業日目(T+2日)に取引参加者間の相対で行われる。
もうひとつ、株式の板とは違う制約がある。付け合わせ時刻の前1分間はNo Cancel Period(NCP)と呼ばれ、恣意的な価格操作を抑止するため、発注済みの注文の取消し・価格変更・数量変更が行えない(マーケットガイド、業務規程第9条第5項)。売り注文を出した後に気が変わっても、この1分間は引き返せない。
STARTの取引参加者一覧には8社が掲載されている。売買取引・清算決済を行うスタンダード(A)が大和証券・SBI証券・SMBC日興証券・東海東京証券・野村證券、スタンダード(B)がスマートプラス、移転記録のネットワークを提供するサポーターがBOOSTRYとProgmatである。ただし、参加資格があることと、ある銘柄の注文を取り次げることは別の話だ。
ODXは「銘柄別取扱い証券会社一覧」を公表しており、2026年8月12日18時01分時点の掲載では、取扱いの印が付いているのはSBI証券・スマートプラス・大和証券・東海東京証券の4社の欄で、銘柄ごとに顔ぶれが違う。ドーミーイン神戸元町(1A0A)といちごの2銘柄(1A0C・1A0D)はSBI証券と大和証券、KDX名古屋栄ビル(1A0F)とトーセイST3市ヶ谷(1A0G)はSBI証券と東海東京証券、いちごRT仲之町ほか(1A0H)はSBI証券のみ、三井物産G三重イオンタウン鈴鹿(1A0J)は東海東京証券のみである。ODX自身も、取扱銘柄に関する注意事項として「証券会社ごとに注文の取次ぎが行える銘柄が異なる可能性があること」を明記している。手数料についても「証券会社がご負担を求める手数料等は証券会社により異なります」として、利用する証券会社への確認を求めている。
反対側に誰がいるかにも制度上の差がある。業務規程第24条第1項は、ODXが「売買の円滑化を図るために、当社が指定する者(Designated Liquidity Provider:以下、「DLP」という。)に対して、マーケット・メイクによる流動性提供の要請を行うことができる」と定める。マーケット・メイクとは、売り気配と買い気配を継続的に出して、相手方のいない注文に相手方を作る役回りのことだ。ODXの「DLPのST保有状況情報」に掲載があるのは7銘柄中2銘柄(1A0Aと1A0F)だけで、DLP名はいずれもケネディクス株式会社。2026年7月31日基準日の保有は1A0Aが718口(発行済35,200口の2.03%)、1A0Fが897口(同31,400口の2.85%)である。残る5銘柄については同ページに掲載がない。
ここまでが、注文を出す前に決まっている条件である。「いま口座を持っている証券会社で、その銘柄が売れるか」は、価格の話に入る前の第一関門になる。取得した証券会社と売りたい証券会社が違う場合は、ST口座の移管が先に必要になることがあり、その手順は別稿『ST口座を他社へ移管する実務』で扱った。
「流動性が低い」という言葉は、実数で見ると具体的な景色になる。ODXが月初に公表するSTART月次レポートによれば、2026年7月の不動産STの月間売買代金は8,144,330円、月間売買高は98口、1日平均売買代金は370,196円だった。7月の営業日は22日なので、市場全体で1日あたり約4.5口という計算になる(当サイト計算)。6月は37,655,390円・471口、5月は13,573,340円・154口で、月ごとの振れも大きい。一方、7月末時点のSTART時価総額(発行済数量×基準価格)は207.5億円である。月間の売買代金は、時価総額のおよそ0.04%にとどまる(当サイト計算)。
日次で見ると、薄さの質が分かる。ODXは営業日ごとに「日次相場表(不動産ST)」を公表しており、銘柄別にセッション1・セッション2それぞれの約定価格・出来高・売買代金と、終日の終値・前日比が載る。2026年8月3日から8月12日までの7営業日(8月11日は休場)を7銘柄について数えると、49の「銘柄・日」のうち1口でも約定したのは13だけだった。8月4日は市場全体で出来高0口・売買代金0円、つまりどの銘柄も1件も成立していない。7営業日の合計は75口・5,856,780円である。
銘柄によっても差が大きい。この7営業日で最も動いたのはいちごRT仲之町ほか(1A0H)の4日・43口で、逆にトーセイST3市ヶ谷(1A0G)と三井物産G三重イオンタウン鈴鹿(1A0J)は1口も約定していない。1A0Jについては、5月・6月・7月の月次レポートがいずれも月間売買代金0円を記載しており、3か月続けて売買が成立していない。同銘柄の保有者人数は1,903人と7銘柄で最も多く(ODX銘柄詳細・2026年8月13日確認)、保有者が多いことと売買が成立することは別だと分かる。
売り手にとっての意味はひとつだ。「売りたいときに売れる」ことは前提にできない。注文を出しても、その日は相手方が現れず約定しないまま1日が終わることが、この市場では珍しくない。
板が薄いということは、少ない注文で価格が決まるということでもある。日次相場表で実際の動きを見ると、2026年8月7日のドーミーイン神戸元町(1A0A)はセッション2で1口だけ約定して97,090円、前日比▲2,780円(▲2.8%)となった。その日成立した売買は1口だけで、終値はその日の基準価格を2.8%下回った。この終値が翌営業日の基準価格になる。
同じ日のなかで動くこともある。8月12日のいちごRT西麻布ほか(1A0D)は、セッション1で1口が77,000円、セッション2で9口が74,000円で約定した。2回の板寄せのあいだで3,000円(3.9%)低い値段がついたことになる。同じ8月12日のいちごRT仲之町ほか(1A0H)はセッション1で11口が81,000円で約定し、前日比+4,000円(+5.2%)。8月5日には同じ銘柄がセッション2で15口を77,120円で約定させ、その日の基準価格80,490円から▲3,370円(▲4.2%)動いている。
値幅制限(呼値の制限値幅)はあるが、この価格帯では歯止めとして機能しにくい。マーケットガイドによれば、不動産STの制限値幅は基準価格50,000円超300,000円以下で上下15,000円。基準価格が8万円の銘柄なら上下約19%、9万7千円の銘柄でも上下約15%の幅がある。しかも「上記は呼値の制限値幅(指値の範囲)であり、約定価格は呼値の制限値幅の上限に呼値の単位を加えた価格(下限から呼値の単位を差し引いた価格)まで可能」とされている。呼値の単位は同じ価格帯で10円である。
したがって、成行注文の扱いには注意がいる。成行注文は価格的に他の注文に優先する(業務規程第9条第2項第2号ハ)ため、反対側に数口しか注文がなければ、想定と大きく離れた価格で約定しうる。ODXは「成行注文停止銘柄」の一覧も設けているが、2026年8月13日時点で該当銘柄はない。売り急ぐ側の注文が、その日の値段そのものを作ってしまう——これが板の薄い市場の構造である。なお、当サイトは個々の値動きの原因を推定せず、公表値と確認できた事実のみを記録する。
ODXの銘柄一覧に並ぶ「基準価格」は、マーケットガイドで「原則として、直前営業日の最終価格」と説明される。ここで効いてくるのが「原則として」の外側だ。業務規程第12条第2項は、「約定が発生しなかった場合は、次の各号で定まる価格を翌営業日の基準価格とする」として7つの号を置く。成行注文がなく売り指値と買い指値がクロスしない場合はその中間の価格(第1号)、売り注文しか存在しない場合は最も安い指値と制限値幅の下限の中間の価格(第2号)といった具合に、未約定の注文から機械的に翌日の基準価格が決まる。いずれの号でも、当日の基準価格から上下それぞれ呼値の単位の100倍(この価格帯なら1,000円)が限度で、どの号にも当たらなければ当日の基準価格をそのまま引き継ぐ。
実例で確かめられる。2026年8月12日のドーミーイン神戸元町(1A0A)は、日次相場表ではセッション1・2とも出来高0口、終値は「-」である。それにもかかわらず、翌13日にODXの銘柄一覧が表示する基準価格は97,120円から97,160円へ40円上がっている。この40円は約定価格ではない。同じことは8月3日から4日にかけての1A0Hでも起きていて、8月3日は出来高0口なのに当日基準価格は80,520円から80,490円へ30円下がっている。
板そのもの(気配)は、ODXが一般に公表する資料には出てこない。日次相場表の項目は当日基準価格・約定価格・出来高・売買代金・終値・前日比で、売り気配・買い気配の欄はなく、銘柄一覧にも板の情報はない。どの号が適用されたのかを外部から特定することはできず、確認できるのは「約定ゼロでも基準価格は動きうる」という規程上の事実と、実際に動いた実例までである。板の状況を見て売り注文の価格を決めるには、取次証券会社の取引画面で確認することになる。
投資家にとっての実務的な結論は、基準価格の小さな上下を「市場の評価が変わった」と読まないことだ。10円や40円といった呼値の単位の数倍の動きは、売買が成立した証拠にならない。
売る側がもうひとつ気にするのが、NAVとの乖離である。NAV(Net Asset Value)は鑑定評価額等から負債を控除して算出した1口当たりの純資産価値で、市場の需給ではなく不動産の価値から積み上げた理論値だ。基準価格とNAVがどう決まるかは別稿『STARTの「基準価格」とは——決まり方、NAVとの違い、乖離の読み方』で扱ったので、ここでは売り手の読み方に絞る。
2026年8月13日にODXの銘柄一覧・銘柄詳細で確認した基準価格(8月12日時点)と直近公表NAVで乖離率を計算すると、7銘柄すべてが下振れしており、幅は▲5.0%(三井物産G三重イオンタウン鈴鹿)から▲33.4%(ドーミーイン神戸元町)まで開いている。同じ「NAV割れ」でも銘柄ごとに6倍以上の差がある。
この乖離を、売り手が「NAVの水準では売れないが、その手前の値段では売れる」という意味に読み替えるのは早い。前節までに見たとおり、価格は1日2回の板寄せで、しかも数口の注文で決まっている。実際に成立した値段は日次相場表の約定価格であって、基準価格でもNAVでもない。乖離は水準そのものより、その中身——NAVの基準日が半年ごとの鑑定更新に紐づいて古くなりうること、売り手が価格を譲らなければ成立しない板の構造、償還までの残存期間——を分けて見る対象になる。当サイトは乖離の大小をもって割安・割高の判断を示さない。
なお、NAVの基準日は銘柄ごとに異なり、鑑定評価の更新頻度そのものは別稿『鑑定評価書は何回取得が必要か』で扱っている。乖離を時系列で追う場合は、比較する2時点でNAVの基準日が変わっていないかを先に確認したい。
ここまでを、注文を出す前のチェックに落とす。①その銘柄を、いまの証券会社が扱っているか。②成行で出すか、指値で出すか。③何時までに出すか。④権利確定日をまたぐか。⑤現金化はいつか。⑥手数料はいくらか。⑦税金の扱いを確認したか——この7つは、どれも売却の可否や手取りに直接効いてくる。
特に③については、ODXの受付時間と証券会社の締切が同じとは限らない点に注意がいる。ODX側の注文受付はセッション1が11時29分59秒、セッション2が2時59分59秒までだが、取次ぐ証券会社が自社の締切を別に設けている場合がある。④の権利落の期日はODXが定めるもので(業務規程第16条)、銘柄ごとの基本権利確定日は年2回、その月は銘柄によって異なる。
売買停止という別の止まり方もある。制度上どんなときに売買が止まるかは別稿『売買停止はいつ・なぜ起きるか』で整理した。停止中は売ることも買うこともできないため、期限のある資金化を予定している場合は、板の薄さと合わせて時間の余裕を見ておきたい。
本記事は制度と公表データの一般的な解説であり、特定銘柄の推奨・勧誘や投資助言ではない。掲載した数値はいずれも出所欄の各資料の記載どおりで、基準日は本文に付したとおりである。売却に伴う課税関係や口座区分ごとの源泉徴収・確定申告の要否は投資家の状況によって異なるため、個別の税務判断は税理士等の専門家に確認されたい。
本記事は制度・実務の一般的な解説であり、特定銘柄の推奨・投資助言ではありません。個別の税務判断は税理士等の専門家にご確認ください。