2026-07-18 / 読了 12分
組成時の想定IRRは、利回りの目標値を先に置いて作る数字ではない。取得から売却・償還までのキャッシュフローを、物件・借入・STの三つの視点で最後までつなぎ、その結果として確かめる数字である。
IRR(Internal Rate of Return、内部収益率)は、投資開始時の支出と、その後に受け取るキャッシュフローを現在価値に割り引いた合計がゼロになる割引率である。不動産証券化協会(ARES)の用語集も、実務ではExcelのIRR関数で求めることが多いとしている。ただし、ここで重要なのは関数ではない。最初にどの現金を投資額とし、途中でどの現金を分配とし、最後にどの現金を償還として置くかを、一貫した時間軸で決めることである。
組成モデルでよく起こる誤りは、欲しい想定IRRから逆算して予想分配を置き、その後に物件収支を合わせに行くことだ。この順序だと、初期リザーブ、借入費用、売却時の残債などがどこかで二重計上又は計上漏れになりやすい。正しい順番は、物件と契約の前提からキャッシュフローを流し、最後に投資家が実際に受け払う金額だけを抜き出してIRRを計算することである。
本稿でいう『想定IRR』は、一定の賃料・費用・金利・売却等の仮定に基づくモデル上の出力であり、将来の分配又は償還を保証する数字ではない。実日付で支払日が不規則な案件では、月数を丸めるより、投資日・分配日・償還日を日付で持ちXIRRで確認する方が、説明可能なモデルになる。
同じ案件でも、IRRは一つではない。まず物件IRR(アンレバードIRR)は、取得・保有・売却に伴う物件のキャッシュフローを、借入前で見る数字である。次にエクイティIRRは、物件キャッシュフローから借入元利金・借入関連費用を差し引いた、エクイティに帰属するキャッシュフローで見る。最後にST投資家の想定IRRは、募集時の投資家の払込額、期中分配、最終償還又は売却時の受取額を時系列にした数字である。
この三つを分ける理由は、変動要因が違うからだ。物件の賃料や売却価格が同じでも、LTV、金利、元本返済方法が変わればエクイティIRRは変わる。さらに、信託報酬、AM報酬、発行・販売に要する費用、分配ルール、投資家の払込日が変われば、ST投資家の想定IRRは変わる。『物件が何%回る』を、そのまま『投資家が何%受け取る』と読ませないのが、組成モデルと開示の基本である。
公開された不動産STの有価証券報告書にも、信託期間中に受領する分配金と、売却時に想定される元本償還金を含めてIRR計算分配金を定義する例がある。もっとも、分配の定義、費用の負担、償還の順序は商品ごとの信託契約・約款が正本である。先行案件の表示を一般化せず、自分の案件の契約案へ落とし直す。
モデルの出発点は、投資家利回りの行ではなくDay1のSources & Uses表である。Usesには、物件又は信託受益権の取得価格、取得に伴う諸費用、組成時の法務・会計・開示・信託設定等の費用、借入に関する初期費用、そして修繕・税金・支払のために最初から留保する現金を並べる。Sourcesには、実行されるローン金額、STの払込金、必要があればスポンサー資金を置く。両者が一致しなければ、後段のIRRは検証対象にならない。
ここで特に分けるべきなのは、『投資家が払う募集価格』と『ビークルの自由に使える純資金』である。投資家のDay1キャッシュフローは、原則として払込額そのものがマイナスになる。一方、発行・販売その他の組成費用を控除した後にビークルへ残る金額は、物件取得やリザーブに回る。両者を同じ行にすると、投資家側の投資額を小さく見せたり、組成費を見落としたりする。
初期リザーブも注意がいる。Day1に積んだ現金は、投資家に分配された現金ではない。将来、契約上の条件を満たして余剰として取り崩せる時点まで、分配原資に混ぜない。借入も同様で、コミットメント額ではなく、クロージングで実際に実行される額、実行日、利息の起算日をローン表へ接続する。Day1の資金決済の詳細は、別稿『Day1からのキャッシュフローの作り方』と一緒に確認したい。
期中モデルでは、まず賃料等の収入から空室損失・運営費を控除してNOIを作る。だがNOIは投資家に配れる現金ではない。その下に、資本的支出(CAPEX)、公租公課等の支払時期、借入元利金、信託・AM・会計・監査・プラットフォーム等の費用、各種リザーブへの積増しを置き、どの層で誰に支払うかを明示して初めて、分配候補となる現金が出る。
受益証券発行信託型の不動産STでは、物件を管理する川上信託と、STを発行する川下信託で収支が分かれることがある。川上の純収益が川下の収入になるタイミング、川下でローン元利金・信託報酬等を控除するタイミング、投資家へ支払う計算期日を、それぞれ別に持つ。層をまたぐ数値は、直接参照で飛ばさず、『川上からの収益分配』のような接続行を通して受け渡すと、実績との差異も説明しやすい。
また、会計上の利益と、分配可能な現金も同じではない。未収・未払、減価償却、CAPEX、借入元本返済、留保金の扱いが異なるためである。予想分配を作る行と、会計利益を確認する行を分け、支払日・権利確定日・計算期日まで日付で管理する。この区別がなければ、モデルは利回りを示していても、運用と決算に接続しない。
出口は、売却価格を一つ置いて終わりではない。モデル上の売却価格は、出口時点のNOIとExit Capなどの仮定から作ることが多いが、これはシナリオの入力値であり、鑑定評価額又は実際の売却価格と同一視しない。DCF法でも、毎期の純収益の見通しを詳細に説明する場合には、各期の収支を明確にした上で収益価格を検討する考え方が求められている。
売却価格からは、売却に伴う費用、売却日までに発生する物件収支、借入元本残高、未払利息、期限前返済・金利ヘッジの精算費用、未払費用や預り金等を順に精算する。リザーブ口座の残高も、残っているから自動的に投資家へ渡せるわけではない。修繕、税金、保険等に用途が定められた資金、信託終了時に精算すべき債務を確認して、初めて余剰現金を最終償還原資にできる。
売却日が一か月後ろ倒しになるだけでも、賃料、利息、売却費、残債、そして投資家の受取日が動く。出口を年末の一行で置かず、月次又は実日付のキャッシュフローに置く理由はここにある。Exit Cap、売却時期、金利、賃料の四つを別セルの入力値にして、個別・同時に動かせるようにしておくと、投資委員会・レンダー・販売資料のレビューで同じモデルを使える。
最初から巨大なExcelを作る必要はない。①前提一覧(賃料、空室、費用、金利、LTV、売却仮定、日付)、②Day1 Sources & Uses、③物件キャッシュフロー、④借入・各層のウォーターフォール、⑤投資家キャッシュフローとIRR、の五つを分ければよい。可能なら⑥として、各層の収支尻、Day1のSources=Uses、口数×1口当たり分配=総額、出口残高ゼロなどを検証するチェック表を置く。
レビューでは、まず『どのIRRか』の見出しを確認する。次に、Day1の投資家払込額が投資家CFのマイナスと一致するか、期中分配がウォーターフォールの残額を超えていないか、出口の残債がローン返済表と一致するか、最終償還が投資家CFに一度だけ入っているかを見る。この四つを通してから、利回り水準の議論に入る。
モデルを更新するときは、前提の更新日・出所・担当者を残し、募集時のベースケースと最新見込みを上書きせずに並べる。そうすれば、実績が想定からずれたときに『何が、いつ、どの仮定で変わったか』を説明できる。IRRは営業用の一数字ではなく、組成、レンダー対応、分配、開示を同じ現実へつなぐ管理指標になる。
組成時のIRRモデルの目的は、魅力的な利回りを作ることではなく、入口で集めた資金が、期中の物件運営と借入返済を経て、出口でどの順に投資家へ戻るかを検証可能にすることにある。入口・期中・出口のどこかを総額一行に丸めると、後で契約、口座、決算、分配の実務に接続できなくなる。
したがって、案件ごとに最初に決めるべきはIRRではなく、キャッシュフローの定義、各層の受渡し、日付、そして前提の責任者である。物件取得・借入・信託・販売・会計の最終条件は、それぞれの契約書、見積書、評価書、決算書類が正本となる。本稿は一般的なモデリングの考え方であり、特定の投資判断、利回り又は商品性を推奨するものではない。
本記事は制度・実務の一般的な解説であり、特定銘柄の推奨・投資助言ではありません。個別の税務判断は税理士等の専門家にご確認ください。