実務者向け不動産STの保険はどこまで開示されているか——付保方針・レンダーの保険金質権・保険料の実額を、届出書・有報14件で読む
公開 2026-09-17 / 読了 13分
公募不動産STの有価証券届出書には、ほぼ必ず「火災保険・賠償責任保険・利益保険等を付保します」という付保方針の一文がある。では、その保険は誰が契約し、保険料はいくらで、保険金は誰のものになり、保険で埋まらない損害はどう書かれているのか——EDINETに提出された14件の届出書・有価証券報告書を並べ、開示から読めることと読めないことを実物で確かめる。
まず前提——4つの保険と、それぞれ何に備えるか
不動産STの開示書類に出てくる保険は、ほぼ4つに絞られる。建物そのものの損害に備える火災保険(財物保険)、他人に損害を与えたときに備える賠償責任保険、災害で賃料が止まったときに備える利益保険、そして地震保険である。本稿が読んだ受益証券発行信託型13件の「付保方針」の欄は、そろって「損害保険(火災保険・賠償責任保険・利益保険等)を付保します」と書く。
それぞれの基準が書かれている例は1件しかない。GK-TK型のロードスターグループのデジタル証券 横浜伊勢佐木町ホテル(2026年7月16日提出)は、投資リスクの欄で「建物再調達価格を基準とした財物保険、年間想定賃料を基準とした利益保険や賠償責任保険を付保しています」と書く。建物の保険は建て直すのに要する額を、利益保険は1年分の想定賃料を物差しにしている、ということである。
賠償責任保険の背景にあるのは民法第717条である。土地の工作物——建物はその典型——の設置又は保存に瑕疵があって他人に損害を生じたときは、まず占有者が賠償責任を負い、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしていたときは所有者が賠償しなければならない。横浜の届出書は「土地の工作物の所有者は、民法上無過失責任を負うことがあります」と書いている。
地震保険は少し注意がいる。地震保険に関する法律第2条第2項は「地震保険契約」を、居住の用に供する建物又は生活用動産のみを保険の目的とし、特定の損害保険契約に附帯して、その保険金額の100分の30以上100分の50以下を保険金額とする損害保険契約、と定義している。ホテルやオフィス、商業施設の届出書に出てくる「地震保険」がこの法律上の契約を指すのか、別の商品を指すのかは、届出書には書かれていない。
① 火災保険(財物保険)建物そのものの損害に備える
付保方針の欄は13件すべてで「損害保険(火災保険・賠償責任保険・利益保険等)」と書く(市ヶ谷のみ「等」なし)。GK-TK型の横浜伊勢佐木町は「財物保険」と呼び、「建物再調達価格を基準とした財物保険」と基準まで書く。再調達価格は建て直すのに要する額で、時価や鑑定評価額ではない。
② 賠償責任保険第三者に損害を与えたときに備える
付保方針の文言では「対人・対物事故による第三者からの損害賠償請求」への備え。背景にある条文は民法第717条で、建物などの土地の工作物の瑕疵で他人に損害を生じたときは、まず占有者が、占有者が必要な注意をしていたときは所有者が賠償責任を負う。横浜の届出書は「土地の工作物の所有者は、民法上無過失責任を負うことがあります」と書く。
③ 利益保険災害で賃料が止まったときに備える
付保方針の文言では「収益の減少」への備え。横浜は「年間想定賃料を基準とした利益保険」と書く。建物を直している間の賃料の穴を埋める考え方で、①が「モノ」、③が「お金の流れ」に対応する。
④ 地震保険法律上の定義は「住まい」に限られる
地震保険に関する法律第2条第2項は「地震保険契約」を、居住の用に供する建物又は生活用動産のみを保険の目的とし、特定の損害保険契約に附帯して、その保険金額の100分の30以上100分の50以下を保険金額とするもの、と定義する。ホテル・オフィス・商業施設の届出書が書く「地震保険」がこの法律上の契約を指すのか、別の商品を指すのかは、届出書には書かれていない。
①〜③は13件の付保方針の欄がそろって並べる3本柱、④は案件によって「付保しません」と書くか、何も書かないかが分かれる1本である。読むときは「何に備える保険か」をモノ(①)・他人(②)・お金の流れ(③)・地震(④)の4つに分けて押さえると迷わない。
図: 不動産STの開示に出てくる4つの保険。上から順に、建物→第三者→賃料→地震と読む。出所はEDINET提出の14件(本文の出所欄)の「付保方針」欄とS100YR0W(横浜伊勢佐木町)の投資リスク欄、民法第717条、地震保険に関する法律第2条(いずれもe-Gov法令検索・2026年9月17日確認)。本図は開示と条文の整理であり、保険商品の説明・推奨でも、特定の事業者・銘柄の推奨・勧誘でもない。誰が決め、誰が持ち、誰が払い、誰が押さえるのか
保険をめぐる登場人物は4者に整理できる。付保方針を立てるのはアセット・マネージャー(AM)で、横浜の届出書はAMの運営管理業務に「本不動産にかかる保険の付保手続及び保険に関する事務業務」を明記している。
保険契約上の地位が誰にあるかは、付保方針の欄には書かれていない。手がかりは借入れの担保の欄にある。三井物産グループの4件(イオンタウン鈴鹿・東横INN・学芸大学ほか・品川)は、レンダーの質権を「受託者が不動産信託受託者から投資対象不動産に係る保険金請求権に係る保険契約上の地位を承継したことを停止条件」とする、と書く。承継を条件にするということは、物件が川上の不動産管理処分信託に入っている間、保険契約上の地位は物件の所有者である不動産信託受託者の側にある、ということである。
保険料は信託財産から払われる。各届出書の費用の欄には「投資対象不動産に係る保険料」が並び、有価証券報告書の損益計算書では賃貸事業費用の一項目として「保険料」が計上される。そして保険金請求権は、借入れのある案件ではレンダーの担保に入る。投資家はこの鎖のどこにも出てこないが、保険料は分配原資から出ていき、保険金はまずレンダーの担保になる、という形で両端に効いてくる。
決める
アセット・マネージャー(AM)——付保方針を立てる
- 付保方針の欄の主語は「本件不動産受益権の信託財産たる投資対象不動産」について付保する、という形
- GK-TK型の横浜は、AMの運営管理業務に「本不動産にかかる保険の付保手続及び保険に関する事務業務」を明記
保険契約が結ばれる▼
持つ
不動産信託受託者——物件の所有者として契約上の地位を持つ
- 三井物産系の4件は、ST受託者が「不動産信託受託者から投資対象不動産に係る保険金請求権に係る保険契約上の地位を承継したことを停止条件」と書く
- =物件が信託に入っている間、保険契約上の地位は不動産信託受託者の側にある
保険料は信託財産から払われる▼
払う
信託財産(最終的には投資家の分配原資)
- 費用の欄に「投資対象不動産に係る保険料」が並ぶ
- 有報の損益計算書では「保険料」として賃貸事業費用に計上(由縁札幌の例)
保険金は担保に入る▼
押さえる
レンダー——保険金請求権に質権を取る
- 借入れのある13件すべての担保の欄に「保険金請求権」への質権(設定合意)がある
- ただし多くは不動産管理処分信託が終了した場合などを条件とする形
保険は「AMが決め、不動産信託受託者が持ち、信託財産が払い、レンダーが押さえる」という4段で読める。投資家はこの鎖のどこにも登場しないが、保険料は分配原資から出ていき、保険金はまずレンダーの担保になる——という形で、両端に効いてくる。
図: 不動産STの保険をめぐる登場人物。上から下へ、方針→契約→費用→担保の順に読む。「不動産信託受託者」は物件を信託財産として持つ信託銀行等(川上の信託)、「ST受託者」は投資家に受益権を発行する信託の受託者(川下の信託)である。出所はEDINET提出の14件(本文の出所欄)の「付保方針」「借入れの概要」「その他の費用等」各欄、S100YR0Wの運営上の役割の欄、S100Y1FJの損益計算書に関する注記。本図は開示書類の読み方の整理であり、特定の事業者・銘柄の推奨・勧誘ではない。付保方針の欄は、ほぼ1つの定型文——違いは細部にしか出ない
14件のうち付保方針の欄があるのは受益証券発行信託型の13件で、その文面はほとんど同じである——「災害や事故等による建物の損害及び収益の減少、対人・対物事故による第三者からの損害賠償請求によるリスクを回避するため、本件不動産受益権の信託財産たる投資対象不動産の特性に応じて損害保険(火災保険・賠償責任保険・利益保険等)を付保します。なお、引受保険会社の選定に当たっては、保険代理店を通じて複数の保険会社の条件を検証し、引受保険会社の保険格付等を踏まえた適切な選定を行います」。
違いは細部にしか出ない。保険会社を選ぶ基準の語は「保険格付」が8件、「付保格付」が5件に割れる。2026年に提出された三井物産グループの2件(東横INN・品川)だけが「原則として複数の保険会社の条件を検証し」と「原則として」を挟む。トーセイ・プロパティ・ファンド(シリーズ3)市ヶ谷だけは列挙が「(火災保険・賠償責任保険・利益保険)」で「等」がなく、「特性に応じて」の語もない。物件の準共有持分を信託財産とするKDXの2件(ドーミーイン神戸元町・名古屋栄ビル)は、「投資対象不動産に対する保険は、各準共有者が保有する本件不動産受益権の準共有持分の持分割合に応じて、個別に付保を行う方針です」と書く。
そして、14件のどれにも書かれていないものがある。保険金額、免責金額、保険期間、引受保険会社の名前である。PDF全文を機械集計すると、「保険契約者」「被保険者」「保険金額」の語は14件すべてで出現回数がゼロだった。付保方針から読み取れるのは「どの種類の保険を掛けるか」までで、「どれだけの厚さで掛けているか」は開示の外にある。
案件(書類番号)
付保する保険の列挙
保険会社の選び方の語
地震保険・その他
KDX ドーミーイン神戸元町(S100SB9N)
火災・賠償責任・利益保険等
保険格付
「地震PML値が7.3%であることを踏まえ地震保険は付保しません」/準共有持分ごとに個別に付保
いちご 芝公園ほか6物件(S100SBPF)
同上
付保格付
地震保険への言及なし
KDX名古屋栄ビル(S100SRLJ)
同上
保険格付
「4.3%」で付保しない/準共有持分ごとに個別に付保
トーセイ 市ヶ谷(S100T9M6)
火災・賠償責任・利益保険(「等」なし)
付保格付
地震保険への言及なし
いちご 西麻布ほか7物件(S100TAY3)
火災・賠償責任・利益保険等
付保格付
地震保険への言及なし
いちご 市谷仲之町ほか7物件(S100UE49)
同上
付保格付
地震保険への言及なし
三井物産 イオンタウン鈴鹿(S100UJK9)
同上
保険格付
「15%未満」で付保しない
三井物産 東横INN(S100XMTM)
同上
保険格付(「原則として」複数社)
「15%未満」で付保しない
KDX 由縁札幌〈有報〉(S100Y1FJ)
同上
保険格付
「2.9%」で付保しない
三井物産 熱海温泉〈有報〉(S100YR31)
同上
保険格付
地震保険への言及なし
三井物産 学芸大学ほか〈有報〉(S100YR5I)
同上
保険格付
地震保険への言及なし
三井物産 品川(S100YS50)
同上
保険格付(「原則として」複数社)
「15%未満」で付保しない
ウェルス シックスセンシズ京都(S100YTNX)
同上
付保格付
「14.3%」で付保しない
ロードスター 横浜伊勢佐木町〈GK-TK〉(S100YR0W)
付保方針の欄なし。リスク欄で財物保険・利益保険・賠償責任保険を「付保しています」
(記載なし)
地震保険への言及なし(語の出現0件)
13件の付保方針は、ほぼ1つの定型文である——「災害や事故等による建物の損害及び収益の減少、対人・対物事故による第三者からの損害賠償請求によるリスクを回避するため……損害保険(火災保険・賠償責任保険・利益保険等)を付保します。なお、引受保険会社の選定に当たっては、保険代理店を通じて複数の保険会社の条件を検証し、引受保険会社の保険格付等を踏まえた適切な選定を行います」。違いは細部にしか出ない。①保険会社を選ぶ基準の語が「保険格付」8件・「付保格付」5件に割れる ②2026年提出の三井物産系2件(東横INN・品川)だけ「原則として」複数の保険会社と書く ③市ヶ谷だけ列挙に「等」がない ④準共有持分の案件(神戸元町・名古屋栄)は「各準共有者が……持分割合に応じて、個別に付保を行う方針」と書く。保険金額・免責・保険期間・引受保険会社名は、14件のどれにも書かれていない。
表: 公募不動産ST 14件の付保方針の書きぶり。左から順に、案件/付保する保険の列挙/保険会社の選び方の語/地震保険とその他の特記と読み、書類番号の順に並べた(GK-TK型の横浜は様式が違うため最下段)。語の出現はPDF全文に対する当サイトの機械集計で、「保険契約者」「被保険者」「保険金額」はいずれも14件すべてで0件だった。出所はEDINET提出の14件(本文の出所欄・2026年9月17日取得)。本表は開示の文言の対照であり、保険設計の当否の評価でも、特定の事業者・銘柄の推奨・勧誘でもない。「保険を掛けます」と「保険では足りないことがあります」は別の欄にある
付保方針の欄が「付保します」と書く一方で、投資リスクの欄はどう書いているか。受益証券発行信託型13件のうち12件では、「投資対象不動産の災害・毀損等に関するリスク」の項は1文しかない——「火災、地震、津波、暴風雨、洪水、落雷、竜巻、戦争、暴動、騒乱、テロ等により投資対象不動産が滅失、劣化又は毀損し、その価値、収益及び費用が影響を受ける可能性があります」(「噴火」を含む案件もある)。この項の中に「保険」の語は1回も出てこない。
例外は2件である。三井物産グループの品川・オフィス&ホテル(2026年7月24日提出)は同じ1文に続けて、「投資対象不動産には災害等による損害を補填する火災保険や賠償責任保険を付保する方針ですが、個別事情等により、保険契約が締結されない可能性、保険契約で支払われる上限額を上回る損害が発生する可能性、保険契約でカバーされない災害等……が発生する可能性又は保険契約に基づく支払いが保険会社により行われず若しくは遅れる可能性があります」と書き、保険金が支払われても行政上の規制その他の理由で元の状態に回復させられない可能性にまで触れる。とくに最初の「保険契約が締結されない可能性」は、付保方針の欄だけを読んでいると見落とす一文である。
もう1件はGK-TK型の横浜である。災害リスクの項で液状化や火山の噴火まで挙げたうえで、財物保険・利益保険・賠償責任保険を付保しているが「全ての損害が保険の対象となっているわけではありません」と書き、上限額超過・填補対象外・支払遅延を並べる。さらに建築から年月が経って図面等が失われている建物は必要な修復ができない可能性、「所有者責任」の項では各種保険料等のコストの上昇まで挙げている。
つまり、付保方針は13件が書くが、保険の限界を書くのは14件中2件だけである。2つの欄は互いを参照していないので、両方を並べて読まないと全体像にならない。
案件
災害リスクの項の書き出し
保険で埋まらない損害への言及
受益証券発行信託型 12件
「投資対象不動産の災害・毀損等に関するリスク」の項は1文だけ——「火災、(噴火、)地震、津波、暴風雨、洪水、落雷、竜巻、戦争、暴動、騒乱、テロ等により投資対象不動産が滅失、劣化又は毀損し、その価値、収益及び費用が影響を受ける可能性があります」
保険の語は項の中に0件。保険に触れるのは付保方針の欄だけで、保険で埋まらない損害の話はどこにもない
三井物産 品川(S100YS50)
同じ1文のあとに「投資対象不動産には災害等による損害を補填する火災保険や賠償責任保険を付保する方針ですが」と続ける
埋まらない場合を4つ挙げる——①個別事情等により保険契約が締結されない ②上限額を上回る損害 ③保険でカバーされない災害等(故意、戦争やテロ行為等) ④保険会社の支払いが行われない・遅れる。さらに保険金が出ても行政上の規制等で元の状態に戻せない可能性
ロードスター 横浜伊勢佐木町〈GK-TK〉(S100YR0W)
「ハ 災害等による不動産の毀損、滅失及び劣化のリスク」で液状化・火山の噴火まで挙げ、「建物再調達価格を基準とした財物保険、年間想定賃料を基準とした利益保険や賠償責任保険を付保していますが、全ての損害が保険の対象となっているわけではありません」
品川の②〜④に相当する記載に加え、図面等が失われた古い建物は修復できず従来の用途に使えなくなる可能性、「ニ 所有者責任」の項で民法上の無過失責任と保険料等のコスト上昇まで書く
「保険を掛けます」は13件が書くが、「保険では足りないことがあります」を書くのは14件中2件だけである。とくに品川の①——付保する「方針」でありながら、個別事情等により保険契約が締結されない可能性——は、付保方針の欄だけを読んでいると見落とす一文である。付保方針とリスク欄は別の欄に置かれ、互いを参照していないので、両方を並べて読む必要がある。
表: 災害リスクの項に保険の限界がどこまで書かれているか。上から、定型の12件→保険の限界を足した1件→様式の違うGK-TK型1件の順に読む。「12件」は受益証券発行信託型13件から品川を除いたもので、項の中の「保険」の語の出現は当サイトの機械集計で0件。「噴火」を含むかどうかは案件により異なる。出所はEDINET提出の14件(本文の出所欄・2026年9月17日取得)の投資リスクの欄、民法第717条(e-Gov法令検索・2026年9月17日確認)。本表は開示の粒度の比較であり、開示の適否の評価でも、特定の事業者・銘柄の推奨・勧誘でもない。保険金は、まずレンダーの担保になる
14件のうち借入れがあるのは13件(横浜は借入れなし)で、その13件すべての担保の欄に保険金請求権への質権が出てくる。書きぶりは3つの型に分かれる。
8件は「本件不動産受益権に係る不動産管理処分信託が終了した場合における、投資対象不動産に係る保険金請求権に対する質権設定合意」という型である。KDXの由縁札幌1件は同じ中身を「停止条件付質権設定合意」と語で明示する。三井物産グループの4件は前述のとおり「保険契約上の地位を承継したことを停止条件」とする型で、品川はこれにFF&E(家具・什器・備品)への集合動産譲渡担保権が加わる。
どの型も「いますぐ」ではなく条件付きである点が共通している。物件が川上の信託に入っている間、ST受託者(あるいは匿名組合の営業者であるGK)が直接持っているのは受益権であって、保険契約ではない。ふだんのレンダーの担保は受益権への質権で、保険金への質権は信託が終わって物件が現物になったときの備えという位置づけになる。
実務上の含意は、大きな損害が出て保険金が入ったとき、それが修繕に回るのか返済に回るのかは借入契約の定め次第だ、ということである。その定めの中身は届出書に書かれていない。借入れの条件全体は別稿『ノンリコースローンは、どこで責任が切れ、いつ返す約束なのか——責任財産限定特約・予定返済期日・期限前弁済を、不動産STの実物ローン4本で読む』で扱った。
8件型A「信託が終了した場合」の質権設定合意
神戸元町・芝公園ほか・名古屋栄・市ヶ谷・西麻布ほか・市谷仲之町ほか・熱海温泉・京都。担保の欄の書き方は「本件不動産受益権に係る不動産管理処分信託が終了した場合における、投資対象不動産に係る保険金請求権に対する質権設定合意」。仕組みの説明の欄では、市ヶ谷の例で「投資対象不動産に関して締結された保険契約に基づき受託者が将来有する保険金請求権等に質権を……設定します」と書く。
1件型B「停止条件付」質権設定合意
由縁札幌。「本件不動産信託が終了した場合における、保険金請求権に対する停止条件付質権設定合意」。条件の中身は型Aと同じで、条件付きであることを語で明示したもの。
4件型C「保険契約上の地位の承継」を停止条件
鈴鹿・東横INN・学芸大学ほか・品川(いずれも三井物産系)。「受託者が不動産信託受託者から投資対象不動産に係る保険金請求権に係る保険契約上の地位を承継したことを停止条件とする……質権設定」。いま契約上の地位が誰にあり、いつ移るのかまで文面から読める唯一の型である。品川はこれにFF&E(家具・什器・備品)への集合動産譲渡担保権が並ぶ。
1件借入れなし
横浜伊勢佐木町(GK-TK型)。借入れがないので保険金への質権の記載もない。
借入れのある13件は、例外なく保険金請求権を担保に入れている。ただしどの型も「いますぐ」ではなく「信託が終わったら」「地位を承継したら」という条件付きである。物件が川上の信託に入っている間、保険契約は不動産信託受託者の側にあり、ST受託者(またはGK)が直接持っているのは受益権だけだからである。ふだんのレンダーの担保は受益権への質権で、保険金への質権は、信託が終わって現物になったときの備えという位置づけになる。借入れの条件全体は別稿『ノンリコースローンは、どこで責任が切れ、いつ返す約束なのか』で扱った。
図: レンダーが保険金請求権をどう押さえているか。左に型と件数、右に文面の実例を置いた。芝公園ほか・西麻布ほか・市谷仲之町ほか・熱海温泉・学芸大学ほかの5件は、借入れの主体がST受託者ではなく匿名組合の営業者(GK)だが、保険金への質権の文言は同じ型に入る。件数は当サイトの分類。出所はEDINET提出の14件(本文の出所欄・2026年9月17日取得)の「借入れの概要」「担保の状況」「信託の仕組み」各欄。本図は開示された担保の記載の整理であり、融資条件の評価でも、特定の事業者・銘柄の推奨・勧誘でもない。保険料はいくらか——実額が読めるのは3件だけ
保険料の金額は、14件のうち3件でしか読めない。2件は届出書の「鑑定評価書の概要」の表に置かれた年額で、KDX名古屋栄ビルの損害保険料は1,338千円(同じ表の運営収益411,503千円の0.33%)、横浜伊勢佐木町ホテルは2,710千円(運営収益221,346千円の1.22%、再調達価格7,692,700千円の0.035%)である(比率はいずれも当サイトの計算)。これは鑑定士が収益価格を出すために置いた想定額であって、実際に払った額ではない。
実際の計上額が読めるのは、KDXの由縁札幌の有価証券報告書(第5期・2026年4月30日提出)だけである。損益計算書に関する注記の「不動産賃貸事業損益の内訳」に、保険料が2025年2月〜7月期1,025千円、2025年8月〜2026年1月期1,103千円と並ぶ。半期で7.6%の増加である。その一方で賃料収入は両期とも168,000千円で動いていない。有報の注記によれば、運用期間を超える期間の定期建物賃貸借契約が締結されており「原則として賃料は固定賃料です」。保険料が上がっても賃料が上がらない構造では、増えた分はそのまま分配原資を削る。金額は賃料の1%に満たないが、方向としては押さえておくべき点である。
残りの11件は読めない。いちご・レジデンス・トークンの3案件と三井物産グループの学芸大学ほかは、鑑定評価の表が百万円単位のため各物件とも「0」と表示される。KDX神戸元町、トーセイ市ヶ谷、三井物産グループの鈴鹿・東横INN・熱海温泉・品川、シックスセンシズ京都は、運営収益以下の内訳ごと非開示である。熱海温泉と学芸大学ほかの有報は信託財産が匿名組合出資のため、信託の損益計算書に保険料は出てこない。
KDX名古屋栄ビル(S100SRLJ)
鑑定評価の運営費用
1,338千円
運営収益411,503千円の0.33%
ロードスター 横浜伊勢佐木町(S100YR0W)
鑑定評価の運営費用
2,710千円
運営収益221,346千円の1.22%/再調達価格7,692,700千円の0.035%
KDX 由縁札幌〈有報〉(S100Y1FJ)
損益計算書(実績)
1,025千円 → 1,103千円
各期の賃料収入168,000千円の0.61% → 0.66%(前期比+7.6%)
いちご3案件・三井物産 学芸大学ほか
鑑定評価の運営費用
各物件「0」(百万円単位)
百万円未満のため表では0。実額は読めない
神戸元町・市ヶ谷・鈴鹿・東横INN・熱海温泉・品川・京都
鑑定評価の運営費用
非開示
運営収益以下の内訳ごと非開示
14件で保険料の実額が読めるのは3件だけで、しかも性格が2つに割れる。名古屋栄と横浜は鑑定士が収益価格を出すために置いた年間の想定額、由縁札幌は実際に計上された半期の費用である。由縁札幌の数字は2025年2〜7月期の1,025千円から、2025年8月〜2026年1月期の1,103千円へ7.6%増えている一方、賃料収入は両期とも168,000千円で動いていない(有報の注記は「定期建物賃貸借契約が締結されており、原則として賃料は固定賃料です」)。保険料が上がっても賃料は上がらない構造なら、増えた分はそのまま分配原資を削る。なお比率はいずれも当サイトの計算で、案件をまたいで高い・低いを比べる指標ではない(用途・規模・補償内容が違う)。
表: 公募不動産ST 14件で保険料の金額がどこまで読めるか。左から、案件/数字の出どころ/保険料/同じ表の中で比べられる数字と読む。鑑定評価の値は届出書の「鑑定評価書の概要」の表に記載された年額、由縁札幌は有価証券報告書(第5期)の「損益計算書に関する注記 不動産賃貸事業損益の内訳」の半期実績で、金額は3件ともPDFの座標でラベルと値の対応を確認した。熱海温泉・学芸大学ほかの有報は信託財産が匿名組合出資のため、信託の損益計算書に保険料は出てこない。出所はEDINET提出のS100SRLJ/S100YR0W/S100Y1FJほか(本文の出所欄・2026年9月17日取得)。本表は開示された数字の記録であり、保険料水準の妥当性の評価でも、特定の事業者・銘柄の推奨・勧誘でもない。地震保険は「付保しない」7件と「言及なし」6件
地震保険の扱いは、別稿『建物のデューデリはどこまで開示されるか——エンジニアリング・レポートと地震PMLを、公募不動産ST 14件の実物で読む』で詳しく扱ったので、ここでは要点だけ再掲する。付保方針の欄で地震PMLを理由に挙げて「地震保険は付保しません」と書くのは7件で、そのうち三井物産グループの3件は実数ではなく「15%未満であることを踏まえ」と書く。付保方針の定型文は同じなのに地震保険の一文だけがないのが6件、横浜は付保方針の欄そのものがなく本文に「地震保険」の語が出てこない。
ここに本稿の第1節を重ねると、もう一段の留保がつく。法律上の「地震保険契約」は居住用建物と生活用動産に限られる。共同住宅の案件(いちご・レジデンス・トークンの3案件、学芸大学ほか)以外で届出書が「地震保険は付保しません」と書くとき、それがどの商品を指しているかは書かれていない。言及がない6件については、付保しているとも、していないとも読めない。
三井物産 品川・オフィス&ホテル
1.9%
「地震PML値が15%未満であることを踏まえ地震保険は付保しません」
KDX ONSEN RYOKAN 由縁札幌〈有報〉
2.9%
「地震PML値が2.9%であることを踏まえ地震保険は付保しません」
KDX名古屋栄ビル
4.3%
「地震PML値が4.3%であることを踏まえ地震保険は付保しません」
三井物産 東横INN・優待あり
5.0%
「地震PML値が15%未満であることを踏まえ地震保険は付保しません」
KDX ドーミーイン神戸元町
7.3%
「地震PML値が7.3%であることを踏まえ地震保険は付保しません」
三井物産 三重・イオンタウン鈴鹿
8.4%
「地震PML値が15%未満であることを踏まえ地震保険は付保しません」
ウェルス シックスセンシズ京都
14.3%
「地震PML値が14.3%であることを踏まえ地震保険は付保しません」
いちご・レジデンス 3案件(20物件)
3.5〜8.2%
付保方針の欄に地震保険への言及がない(「地震保険」の語が本文に0件)
トーセイPF(シリーズ3)市ヶ谷
8.6%
同上(0件)
三井物産 学芸大学ほか4物件〈有報〉
4.9〜9.0%
同上(0件)
ロードスター 横浜伊勢佐木町ホテル
4.3%
付保方針の欄そのものがない(投資リスクの欄で財物保険・利益保険・賠償責任保険の付保に触れる)
PMLの数字が実務上いちばんはっきり効いてくるのは、地震保険を掛けるかどうかの判断である。7件が付保方針の欄でPMLを理由に挙げて「付保しません」と書き、そのうち3件(品川・東横INN・鈴鹿)は実数ではなく「15%未満であることを踏まえ」という言い方をする。三井物産デジタル・アセットマネジメントが運用する案件で、PML 1.9%の品川も8.4%の鈴鹿も同じ一文になっているので、この15%は個別の判断ではなく、あらかじめ引かれた社内基準の線が文面に出たものと読める。ただし15%という水準の根拠は届出書に書かれていない。残る5件(いちご3案件・市ヶ谷・熱海温泉・学芸大学ほか)は付保方針の定型文は同じなのに、地震保険の一文だけがない——熱海温泉はPML 10.2%で本稿の中では2番目に高いが、それでも言及がない。PMLの数字と、地震保険をどうしたかの説明は、案件をまたいで同じ形では読めない。
表: 地震PMLと付保方針の記載の対応。左から順に、案件/地震PML(複数物件は幅)/付保方針の欄の書きぶりと読み、上7件が地震保険に言及した案件をPMLの低い順に、下5件が言及のない案件である。本稿が読んだ14件・34物件のPMLは35値で、最小1.9%・最大14.3%・中央値5.4%(当サイトの集計。芝公園ほかの1物件はNorth/Southの2値が示されるため物件数より値が1多い)。15%以上の物件は1つもない。出所はEDINET提出の14件(本文の出所欄に掲げる)の「地震PML(地震PML値調査業者)」欄および「付保方針」欄。本表は開示された記載の対照であり、保険設計の当否の評価でも、特定の事業者・銘柄の推奨・勧誘でもない。保険の要否は個別の事情によるため、判断は専門家に確認されたい。実務の勘所——方針・限界・担保・費用・災害時の手続を並べて読む
最後に、組成側・投資事務側が保険の開示を扱うときの勘所をまとめる。共通しているのは、保険に関する情報が付保方針・投資リスク・借入れの担保・鑑定評価の表・損益計算書・証券事務の欄に散っていて、1か所を読んでも全体にならない、ということである。
災害が起きたときに投資家の側で先に動くのは、保険金ではなく売買の扱いである。受益証券発行信託型13件はいずれも、火災・地震等による滅失などの「重要な後発事象」を取扱業者が認識し、重大な影響を及ぼし得ると判断した場合に、新規の売買を止めうる(取引が実施されない可能性がある)と書く。一方で9件は、災害救助法が適用された市区町村に居住する口座名義人について、取扱業者を通じた臨時の譲渡手続が可能となる場合がある(多くは機会が保証されない旨を付す)と書いている。売買停止の仕組みは別稿『STARTの売買はいつ・なぜ止まるのか——売買停止の6事由と、再開までの「15分」』で扱った。
本稿は開示された記載の記録であり、特定の銘柄や事業者の推奨・勧誘ではない。数値・文言はいずれも各書類の提出日時点のもので、その後の保険契約の更新・変更を示すものではない。保険設計の当否や補償の十分性については判断していない。保険・法務・税務・会計上の取扱いは一般的な解説であり、個別の判断は保険の専門家・弁護士・税理士等にご確認いただきたい。
関連する記録として、費目全体の地図は『不動産STの組成コスト構造——費目の全体地図と、実額を「有報で」確かめる方法』、投資家から見たリスクの実数は『不動産STのリスクを実数で確かめる——上場7銘柄はすべて発行価格割れ、7銘柄×13営業日の78%は1口も約定していない』で扱っている。
① 付保方針は定型文として読む違いは細部にしか出ない
13件の付保方針はほぼ同文。見るべきは「等」の有無、「原則として」の有無、準共有の個別付保、地震保険の一文の有無の4点である。保険金額・免責・保険期間・引受保険会社名は14件のどれにも書かれていないので、補償の厚さは開示からは判定できない。
② 付保方針とリスク欄を並べて読む「方針」と「限界」は別の欄
付保方針は「付保します」、リスク欄は多くが保険に触れない。保険で埋まらない損害に触れるのは品川と横浜の2件だけで、品川は「保険契約が締結されない可能性」まで書く。方針の欄だけで「保険があるから安心」と読まない。
③ 地震保険は「言及なし」を空白として持つ付保した、とも、しない、とも読めない
「付保しません」と書くのは7件、言及がないのは6件、横浜は付保方針の欄そのものがない。言及なしは「付保していない」の意味ではない。さらに法律上の「地震保険契約」は居住用建物・生活用動産に限られるので、非住宅の案件で「地震保険」が何を指すかは確認事項になる。PMLとの関係は別稿『建物のデューデリはどこまで開示されるか』で扱った。
④ 保険金はまずレンダーの担保借入れのある13件すべて
保険金請求権への質権(設定合意)は、信託の終了や保険契約上の地位の承継を条件とする形で13件すべてに置かれている。大きな損害が出て保険金が入っても、それが修繕に回るのか返済に回るのかは借入契約の定め次第で、その中身は届出書に書かれていない。
⑤ 保険料の増加は固定賃料案件で効く由縁札幌は半期で+7.6%
実額が読める3件のうち、実績は由縁札幌だけ。賃料168,000千円が動かないまま保険料が1,025千円→1,103千円に増えた。金額自体は賃料の1%未満だが、固定賃料の案件では費用の増加がそのまま分配原資に効く。横浜のリスク欄も「各種保険料等のコストの上昇」を挙げている。
⑥ 災害時は保険より先に「売買」が止まりうる重要な後発事象と臨時の譲渡
受益証券発行信託型13件はいずれも、火災・地震等による滅失などの「重要な後発事象」を取扱業者が認識した場合に売買を止めうると書く。一方9件は、災害救助法が適用された市区町村に住む口座名義人に臨時の譲渡手続が可能となる場合があると書く。仕組みは別稿『STARTの売買はいつ・なぜ止まるのか』で扱った。
図: 不動産STの保険を開示書類で確かめるときの勘所6項目。①②が文言の読み方、③が地震、④が担保、⑤が費用、⑥が災害時の投資家側の手続である。件数はいずれも本稿が読んだ14件に対する当サイトの集計であり、公募不動産ST全体の統計ではない。出所は本文の出所欄に掲げるEDINET提出書類、民法、地震保険に関する法律(e-Gov法令検索・2026年9月17日確認)。本図は開示書類の読み方の整理であり、保険加入の助言でも、投資判断の助言でも、特定の事業者・銘柄の推奨・勧誘でもない。個別の保険設計・法務・税務の判断は、それぞれの専門家に確認されたい。本記事は制度・実務の一般的な解説であり、特定銘柄の推奨・投資助言ではありません。個別の税務判断は税理士等の専門家にご確認ください。
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